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<深層レポート Vol.3>
中国人ガイドに聞く、訪日旅行の実相
間違いだらけの「爆買い」報道

はじめに

「爆買い」や「インバウンド」はては「民泊」までが流行語になるほど、このところ訪日外国人客をめぐる話題は尽きません。昨年、2015年1年間で日本を訪れた外国人は、1,973万人に達し、日本人の海外旅行者数1,690万人を抜いただけでなく、日本経済の活性化にも大いに貢献しつつあります。
こうした流れを受けて、政府は4年後の2020年には訪日客4,000万人と8兆円の消費効果をめざすとした「観光先進国」化の方針を打ち出してきました。
その一方で、爆買いによる一部商品の品不足から、観光客のマナーの悪さ、はては無資格ガイドといった問題点を指摘する声も急増しつつあります。このなかでも、約500万人と、全体の4分の1を占める中国人の存在感は圧倒的です。
今や、交通機関やホテル、小売業界だけでなく、日本経済にとっても欠かせない存在になった、彼らの実相について中国人ガイドに聞いてみました。

中国人ガイドとのQ&A

インタビューに応じてくれたのは王平さん(仮名)という40代前半のベテランガイド。流ちょうな日本語を話します。彼は以前日本語ガイドとして、上海を中心に日本からの観光客の案内をしていました。時が移り、今ではすっかり影の薄くなった訪中客相手から、めざましい発展をとげつつある、自国民を日本へ案内するガイドに替わりました。
今ではガイドブックなしでも、主だった観光地なら案内できるようになったという王さんに、中国人観光の現状を語っていただきました。

格安ツアーも今や逆転

Q:以前あなたは日本人客を受け入れて、上海などでガイドをしていた、と聞く。それが今は、逆に自国民を案内して日本に来るようになってから7年ほどとのことだが、この間の推移とか変化といったものから伺いたい。

A:かつては、10年近く日本人客の案内をしていた。それが、価格競争の激化でガイド費をもらうより、1人いくらで買うことを余儀なくされた。そして、そのお客さんの滞在中にオプショナルツアーやショッピングで元をとるというようにまでなった。そのうち、中日関係の悪化もあって、客が減ってきたというのが契機だ。これに反比例するかのように中国の経済力が向上し、海外旅行に行く人も増えてきたということで、いわば自然に転身したみたいな感じだ。

Q:前段の部分は、39,800円(サンキュッパ)といった、異常なほどの格安ツアーが出回った頃のことだろう。皮肉だが、今は中国でも訪日ツアーの「価格破壊」が起きているとも聞く。そもそも定番といわれる「ゴールデンルート」から説明してほしい。

A:ゴールデンルートというのは、通常、成田空港から入る場合①成田~都内・近郊、②都内観光、③富士山、河口湖、山梨、④浜名湖、浜松、豊橋、⑤京都、大阪観光とショッピング、⑥関西空港から帰国、というのが定番で、これをほとんどバスで回る。関西空港から入る場合はコースが逆になる。これで2人1室、ほぼ全食付きで1人7~9万円といったところだ。もちろんこの間にショッピングや、銀座散策とディナーとか富士山5合目、といったオプショナルツアーも入れる。以前は、行程中に車内販売だけで、1本のツアーで100万円の売り上げ、なんてことも珍しくなかったが、今はほとんどなくなった。

Q:かつて、39,800円で中国ツアーを売っていたのは日本だったが、それのほとんどが比較的安いホテルで朝食のみのスケルトン。ところが、訪日ツアーは添乗員付、食事付、6日間で、しかもホテルのグレードもそこそこだ。

A:訪日ツアーの場合、ほとんどガイド自身が現金を持参し、バスもホテルもクーポン券ではなく直接現金払いをする。現金払いだからホテルも確保できる。時々、日本のオペレーターと呼ぶ代理店を通すこともあるが、これも多くは中国、台湾、香港人といった華人だ。

Q:インバウンドが盛んだというが、よく調べてみると、おっしゃる通りオペレーターの多くは「民族系」などと呼ばれる人たちが多い。また、レストランや免税店も結構中国系が多い。かつて、沖縄にホテルが林立しても、その多くが実は本土資本で、さっぱり沖縄にお金が落ちなかったなどという批判があったことを想起する。

A:訪日の中国人ツアーで在日中国人が稼ぐといった側面が全くないとはいわないが、それは中国人が内輪で稼ぐということだけではない。日本人経営のレストランが、1,000円で食べ放題のランチを受けるだろうか。中国人の団体客は総じて騒々しくて、汚すし、マナーも日本人に比べたら決して良いとはいえない。これを受け入れてくれるのは、「民族系」だ。我々はこうした点も飲み込んで、ガイドからショッピング案内、はては清掃までこなす。

 

通訳案内士が足りない?

Q:ガイドといえば、先頃、爆買いツアーのガイドが、国家資格として認められた通訳案内士の資格を有しない、無資格ガイドだとして入管法違反などの容疑で摘発されたことはご存知と思う。このニュースを聞いてどう思ったか。

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A:どうもこうもない。あまりに実情と合わないと思う。まず、通訳案内士なるものが実際にどれだけいるというのか。いても、ほとんど英語だろう。もし、訪日中国人ツアーの案内に中国語の通訳案内士の同行を義務付けたら、9割いや99%のツアーがストップするはずだ。絶対数がいないのだから。それだけではない。
私は以前、日本で通訳案内士の説明を聞いたことがあるが、正直あまり理解できなかった。日本の10倍以上の人口を擁する中国は、公式の言語だけで102ある。地方語や方言まで加えたら、優に1,000を超えよう。
1つの省が、日本1国に匹敵するともいえる。学校で習った北京語(普通語)で、上海人の団体客にわかるように説明するのは大変だ。

Q:確かに通訳案内士の登録者数は、日本全国で約2万人。このうち約7割が英語で、中国語は約1割にすぎない。実際には仕事をしていない潜在登録者も多いから、9割以上がストップするというのは、全くその通りだ。加えて、今はビザ(入国査証)も緩和し、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシア、ベトナムなど、アセアン各国からの観光客誘致にも力を入れ始めているが、これらの国の言語については、通訳案内士などそもそもいない。
先頃摘発された無資格ガイドも、その後不起訴になったのは、当然といえば当然だ。

A:日本は、サービスだけでなく食品や薬、化粧品から炊飯器はてはウォシュレットまで、どれも良くできており、その点は素晴らしいと思う。だから、中日関係があまり良好でなくても訪日客は来るのだ。中国人は誰しも、過去の歴史に対して複雑な思いは持っている。しかし、良いものは良いということについては、すこぶる具体的であり現実的でもあるのだ。
ガイドの件について、もう一言。訪日ツアーもほとんどが赤字で来ている。旅行中に、よくわかる言葉でのせて、観光だけでなくショッピングやオプショナルツアーを楽しんでもらうことで、お金を落とさせなかったら、旅行そのものが成り立たなくなるのだ。つまり、訪日ツアーは来られないということだ。
日本は安全でルールもしっかりしているが、現実的でないというか建前論だけが先走っていやしないか。何度も言うが、中国は発展してきたとはいえ、まだ途上だし、困難な事もたくさんある。ごく一部の富裕層以外はみんな生きるのに必死だ。だから、旅行でお土産を買う時も生活物資が中心で、チャンスがあれば「代購」で売ることも考える。それだけ中国人はリアリティがあるのだ。そして、反日ドラマを見ていても、アニメが良いと思えば、そこでは日本が好きになるし、来てみたくなるのだ。

Q:話を聞いていると、いちいち実態に即していて、興味深い指摘も多い。最後に最近の中国人ツアーの動向から見た、特徴といったあたりも聞かせてほしい。

A:かつては、ゴールデンルートが大半だったが、リピーターの増加もあって、今はフリータイムを多くしたツアーも増えてきている。フリータイム型はまた、親戚や友人訪問といったものと、ショッピング、代購といった買物中心に大別できる。

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先程も触れたが「代購」というのは、自分だけでなく、知人用から時に中国でのネット販売用に、お土産と称して目いっぱい買って帰るというものだ。しかし、最近は免税枠を利用した個人の輸入代行にも、網がかかるようになってきており、粉ミルクや紙オムツ、炊飯器はてはウォシュレットが品切れになるなんてことも、もしかしたら少し収まってくるかもしれない。昨年、日本で売られているウォシュレットは全て中国産だというニュースが、訪日客の間を駆け巡り、売れ行きが一時バタッと減ったという。先週、私が案内した30人のツアーでは、あの人気のはずの炊飯器が1個しか売れなかった。理由はツアー中に、日本で買う中国向けの220Vの炊飯器は割高だという噂が広がったためらしい。
日本よりはるかにネット通販が進んでいる中国では、虚実あわさった情報にとにかく敏感だ。これが人気で、中国でも売れるとわかったら、手持ちできない分は「SAL(サル)便」という国際宅急便と船便の中間のような宅配便を使ってでも送る。時に間違っていたり、失敗することもあるが、とにかく即決する。現実に即してリアルに判断するのが中国人で、これは旅行に限ったことではない。

お互いの文化や歴史だけでなく、気質の違いを理解し合うことも、交流を進めるうえで大事なことだと思う。

インタビューからわかること

例えば通訳案内士を雇わないことを、専らコスト面から捉えたかのような論調が少なくありませんが、この話を聞けば、本質はそこだけにないことも分かります。そうした点でも今回は示唆に富んだ話を聞きました。その一方で、こちらも訪日客が急増しているベトナムからの観光客については、日本語能力もおぼつかないような「留学生ガイド」の存在が早くも問題になりはじめています。事態の進行に法律やルールが追いつかないといった、制度上の問題も浮き彫りになってきています。
この問題を打開するためには、例えば、日本語ガイドの有資格者やN1、N2以上の日本語検定合格者、或いは日本の旅行の国家資格や認定資格を持っている人などについては、日本での案内を認めるといった緩和策を早急に考えることも必要でしょう。さもないと急増する訪日客の多くが「違法状態」のままということが今後も続くことになりかねません。
中国人ツアーというと爆買い一色の趣さえありますが、事実を仔細に見ると必ずしもそうではありません。同様に日本人が、ややもすると画一的に見ている事象にズレも多いのですが、ここでは訪日客数の例にとどめます。人口で日本の約半数のタイを訪れる中国人は日本よりはるかに多いのです。
つまり、中国人は日本にだけ爆買いに来ているわけではなく、他の国々へも多様な目的を持って訪問しているのです。


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中国人の海外旅行先NO.1はタイ(バンコク・王宮前)
 

こうした点も、きちんとつかまないと、なぜ日本から訪中する観光客数は激減したままなのに、より複雑な感情を抱いているはずの中国からは、今年も多くの観光客が来日しているのかということも理解し難いままということにもなりかねないでしょう。
本稿を書いていたら、2015年度つまり2015年4月から2016年3月までの訪日外国人数が2,000万人を突破したとのニュースが入ってきました。このうち中国が4分の1、これに台湾、香港、韓国を加えると東アジア地域だけで7割を超えます。中国当局が海外からのお土産にも課税するようになってきた今、爆買い一辺倒に寄らない見方や受け入れの仕方が、これまで以上に求められてきています。

 

著者・経歴
株式会社ハートシステム 代表取締役
研修セミナー講師・ジャーナリスト他
坂内 正